文章のフォークボールの投げ方!?池上彰・竹内政明著「書く力」を読みました!
池上彰さん、竹内政明さんの対談形式で進む新書「書く力 私たちはこうして文章を磨いた」を読みました。
テレビでお馴染みの元NHK記者の池上さん、読売新聞の一面の下にある「編集手帳」を担当されている論説委員の竹内さんによる本が、朝日新聞出版から出されているというのが、大変興味深いです。
池上さんは日本で最も分かりやすく伝えるジャーナリストだと思いますし、竹内さんは、思わずうなりたくなるようなコラムを書かれる名文家として有名です。
このお二人が何をどう考え、文章をと向き合っておられるのか、その内情を知りたくて本書を手に取りました。
■文章の「フォークボール」投球法
この本には、たとえて言うと、文章の「フォークボールの投げ方」が書いてありました。思わず「うまいなぁ」とつぶやいてしまう文章や、読み手の心をぐっと引きつけるような文章はどのようにして書かれているのかが、あますことなく語られています。
まっすぐ書かれているように見えて、ひゅっと落ちる。読んでいる人が思わずうなってしまう。そんな文章術です。
具体的には、文章のひねり方、引き出しの増やし方、保険のかけ方、リズムの作り方など、技巧を凝らした文章作成術が散りばめられています。
例えば、新入社員募集のため書かれた会社案内の一文。竹内さんの手にかかればこのようになります。
長野支局に赴任した。1年目の思い出が三つある。
善光寺が焼けた。日は暮れて、締め切りまで時間がない。現場、警察、消防と、手分けして取材に散った。僕は写真を一手に任された。撮り終えて職場に戻り、現像して呆然となった。炎上の写真がすべて真っ黒で、1枚も写っていない。「おい、あと5分で締め切りだぞ」。誰かがドアを叩いた。出たくない。このまま暗室のなかで一生暮らしたい。そう願ったのを覚えている。“燃える善光寺”の写真が載らなかったのは読売だけである。三振1。
(略)
会社を辞めもせず、辞めさせられもせず、30年後の今、こうして『入社案内』の筆を執っている。人は思うだろう。満身創痍になってでも続けたいほど、新聞づくりは面白い仕事なのか、と。あるいは、読売新聞って懐の深い会社なのね、と。どちらの感想も、そう的を外れていない。僕よりもデキる君よ。いつか、僕には縁のなかった手柄話を聴かせてくれ。4三振も5三振もして、僕の記録を塗り替える君よ。いつか、ゆっくり酒でも飲もう。
本書でも池上さんが解説していますが、「いい会社です」と真正面から書いてしまいがちな会社案内を、失敗談から入り、控えめに書くことで、懐の深い、いい会社なんだなと認めざるを得ない書き方をしています。
竹内さんは、「火種をそっと差し出せば、読者がガソリンを撒いてくれる」と語っています。感情を前面に押し出してしまうと、読者が引いてしまうので、感情を8割程度に抑える。いい会社だとしぶしぶ認めているというような書き方をしているそうです。しかもその文章は、できるだけ短文かつ、それでも意味がわかるような工夫がされていて、テンポよく読めるようになっています。
いかに読者の感情を想像し、表現していくか。その大切さが伝わってきました。
■本書の内容を自分の仕事と結び付けて考える
本書で解説されているものは、基本的には、「読み物」としての文章の書き方です。おそらく素直に読めば、本書を読んで最もためになるのは、記者だと思います。
記者以外の多くのビジネスパーソンが、本書から学び取るには、一工夫必要のように思います。なぜなら、文章の型が全く異なるからです。ビジネス文書は、「結論—内容—具体例—付随的内容—結論」といった順序で書かれることがほとんどです。多くの場合、うなるような文章は必要ありません。
そこで、お二人が語っている文章スキルを抽象化するといいますか、概念化して、読み進める必要があると思います。
例えば、竹内さんが、いつも気をつけられていることがあります。
編集手帳は、どうしても寝ぼけ眼で読まれるので、目で文章を追ったときに、そのままの速度で頭に沁みこんでいくような書き方をしないと、読者は途中で読むのをやめてしまう。つまり、二度読まなくても意味が頭に張ってくるような文章の書き方をしなければいけないんです。
読売新聞一面の下部にある編集手帳は、朝、頭がまだあまり働いていない状態の読者に読まれます。目で追うよりも、頭で理解する方が遅れやすいため、できるだけ短文でわかりやすく、リズミカルに書くことを意識しているそうです。
これは、ビジネスパーソンにとって企画書などで応用可能な示唆かと思います。忙しい上司を説得するには、内容を一発で理解してもらう文章を書く必要があります。
竹内さんが、そういった文章を心がけるなかで、参考にしているのは落語や講談で、伝統的に語り継がれている噺からリズムや言い回しを学ぶそうです。
文章でも口述でも、コミュニケーションには何か共通するものがあるのでしょうか。あらゆる場面で「落語を参考にしている」という言葉を聞きます。
いずれにしても、実践から語られるお二人の生きた文章術は、文章執筆の真髄のようなものが垣間見える良書だと感じました。さらに、自らの仕事に結びつけながら読むと、いっそう学びの多い読書になるかと思います。
それにしても、本書のタイトル「書く力」。なんてシンプル。「言葉の真髄」とか「文章の妙技」とか、もう少しビジネス寄りにするなら「心を動かす文章力」とか「深みのある文章術」など、いくらでも考えられたはずなのに。お二人の名前だけで、手に取られるだろうから、あまり派手なタイトルはあえて避けられたのかもしれませんね。
久しぶりに、うなってしまったオススメの一冊です。
それでは、お元気で。