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人材育成の観点から「経営」「教育」「メディア」について考えます。

新聞社はなぜ人材マネジメントの地平にのらないのか

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◆人材育成の研究が少ないマスコミ業界◆

私はジャーナリズムと人材育成の研究を始めてから、「人的資源管理」(HRM:Human resource management)や「人的資源開発」(HRD:Human resource development)といった領域のなかで、なぜマスコミ業界の企業を対象とした研究がほとんどないのだろうと、ずっと疑問に思ってきました。公共性の高い職種であっても、一部のメディアを除いてほとんどが私企業としてやっているわけで、他業界の企業の多くは研究対象として扱われているのに、不思議だなぁと。

 

私が所属している中原淳先生の研究室には、秘書、学校の先生、看護師、中堅社員、就職生、ボランティア従事者など、「人材育成」を共通点としてさまざまな職種で研究を行っている先輩方がおられますが、このなかでは記者に関する先行研究がぶっちぎりで少ないです。

 

とりわけ日本においては、採用からシニアまでのキャリア、マネジメント関連の記者を対象とした論文はほとんどありません。持論に近いような話を本で語られることはあっても、科学的に検証されていてかつ査読つき論文となると、なかなか見当たりません。(もし、そういう論文を見つけている方がおられましたら、海外文献含め、ぜひともご一報ください。切実……。)

 

マス・コミュニケーション研究に位置づけると、こうした記者や組織に関する研究は、いわゆる「送り手研究」と呼ばれるものですが、多くの研究者がこの「送り手研究」の立ち遅れを指摘しています。つまり、従来、新聞やテレビにどういう言説があるかといった内容分析、ニュースを見た人々がどのように意識を変えたのかといった受容効果研究などは比較的進められてきましたが、こうしたニュースの作り手がどのような環境下で、どういうふうにニュースを生産しているかという研究はあまりないということです。

 

私は元々、新聞社に身を置いていましたが、確かに他業界で語られる「リーダーシップ」「マネジメント」「コーチング」「創発」「エンゲージメント」といった言葉を一度たりとも聞いたことがありませんでした。報道機関は、「経営と編集の分離」を掲げているため、とりわけ記者が所属する編集部局においては、“経営的なにおい”のするものを遠ざける風潮があるのかなと思います。 最近、マスコミでない業界の人々とお話しする機会を持つなかで、新聞社の特殊性を再認識しつつあります。ここでは主に3つ取り上げたいと思います。

 

◆組織の3つの特殊性◆

①記者対組織の構図

組織を作っているのは人、つまり新聞社においては、多くは記者であるはずなのに、組織の意思決定や上司の方針にフルコミットすることを是としない雰囲気が感じ取れます。例えば、しばしば、「デスクの命令に従うばかりでなく、自分が必要だと感じた記事を出せ」「時にはデスクの指示に対して無理なものは無理と断ったらいいんだよ」というアドバイスをされることがあります。また記者の先輩が「昔、よくデスクとけんかした」と語っているのも聞いたことがあります。  確かに記者は「個」としての自律性が高い職種であることは言われており、現場では個の判断で動くことが多い仕事です。しかし、もし、記者と組織の間でコンフリクトが生じる状況であれば、やはり効率的ではない部分が生じている可能性があります。この要因としては、社会に資するためのジャーナリズムの理念と組織の持つ理念にギャップがあることが考えられます。仮に、それによって個として追求していく業務と、組織の求める業務にミスマッチが起こっているならば、記者個人にかかる負担も大きくなるのは自明です。対話を重ね、記者と組織のあり方を整理することが求められます。

 

②「生涯一記者」というキャリアパスの志向性

記者は記者でありつづけたい。記者がデスクになりたいと思っている人も少ない。多くの記者は、記者を続けたいと思っています。デスクやマネジャーになりたいと思って、記者を志す人は少ないです。しかし、他の職種を見てみると、営業の人が生涯一営業マンでやっていきたいという人は多くはないと思います。いつか、部下を統括し、マネジャーになりたいと考えている。 つまり、記者は一般企業の社員と違って、マネジメントには基本的には興味がない傾向が強いのではと思います。ですから、後輩記者のモチベーション管理や創発的なチームづくりといったことにあまり関心を持っていないし、改善しようとしている人も少ないのではないかと思います。しかし、最近はメンタルをやられる若手記者も多いので、組織として記者育成を改善する仕掛けが必要になってきているのかもしれません。

 

③職人的気質の組織風土

紛れもなく新聞社には職人的風土があります。私はそういった風土が嫌いではないのですが、あまりにも暗黙的な実践知が多いとは感じます。背中で覚えろといった雰囲気や、できるやつは勝手に伸びるといったこともよく言われます。すべてがそうではありませんが、対話やスキル伝承をあまり重要視していない。記者の情報探索や取材手法に体系だったものがありません。 これは、どういう記者が良い記者なのかということがあまり議論されていないということにも起因しているように思います。職務要件が明確化されていないのかもしれません。また、若手記者は、他社の先輩記者の行動を観察学習して、熟達していくということがよく言われますが、これから記者の人数が減っていくにつれて、そういった学習環境が淘汰されていくおそれもあります。やはり、記者の職人技をできるだけ形式知化していく必要があるように思います。

 

◆特殊性を踏まえた人材育成研究を◆

このような新聞社の特殊性があまりにも他の業界の事情と異なるため、おそらく経営学の文脈で語られる知見をそのまま当てはめるのが難しいといえるのかもしれません。しかし、だからといって、これまで連綿と続いてきた職場での人材育成に関する研究の知見を切り捨てるのは、尚早なのではと感じます。これらの特殊性を十分に踏まえたうえで、新聞社でも同様の人材育成の研究を進める必要があるように思います。

 

「情熱があって、優秀な記者が活躍できる職場とは」。「新人が優秀な記者になるためには」。

 

これらの答えを模索し続ける必要があると思うのです。

 

それではお元気で。