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人材育成の観点から「経営」「教育」「メディア」について考えます。

記者は上司や先輩よりも、他社から学んでいる!?

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◆他社の記者と大半の時間を過ごす特殊事情◆

皆さんはある組織に属したとき、誰から学びを得るでしょうか。上司、先輩、社内外の研修講師でしょうか。私の記者経験からすると、もう一人、大きな存在がいたことを思い出します。それは、他社の記者です。

 

新聞社は、入社すると、基本的に同期入社の記者と短期間の研修を受け、その後、各地方支局へ1人ずつ配属されます。支局には、所属長である支局長、原稿を見てもらう上司であるデスク、そして、現場で活躍されている先輩記者らがいます。ただし、配属された最初の数週間を除いては、取材は一人で行くことになります。取材をして原稿を書くことが仕事なので、朝から会社へは行かず、直接、担当の警察署や取材現場に向かいます。そういった場所には、同じ会社の先輩はおらず、他社の同期(この言い方は業界独特の言い回しかもしれません)や先輩の記者がいます。つまり、新人時代に大半の時間を一緒に過ごすのは、他社の人々なのです。もしかすると、このような環境は他業種にはあまりないものかもしれません。

 

◆実践的な学びは他社の先輩から◆

僕が記者クラブで「昼メシの出前を頼んでくれー!」といつもお願いしていたのは、S社の後輩でしたし、公私にわたって悩みを相談していたのはK社の記者でした。毎日顔を合わせるので、気心が知れて仲良くなりますし、それぞれが見知らぬ土地に来て仕事をしていますから、互いに励まし合うようにもなります。だけど、水面下で動いているネタについては絶対に言わない。本音を語り合う開放的な場でありつつも、互いにけん制し合っている緊張感もある、独特の場であったように思います。

 

新人記者が来ると、自社でも他社でも関係なく、取材のルールのようなものを現場で教える先輩が少なからずいます。また、教えてくれなくても、そういった先輩の動きを観察し、学習していきます。

 

僕が新人時代には、どうしても裏づけを取らないといけない人物の連絡先を知らなくて困っていたら、地方紙のベテラン記者がそっと「○○さんに聞いてみな」とささやいてくれました。そのささやきから、僕は情報を取るルートは一つだけじゃないことを学びました。

 

また、殺人事件があったとき、警察署で、各社で副署長を囲んで取材をしていると、他社の先輩が「被害者宅のポストに新聞は入っていましたか?いつの新聞が入っていましたか」としきりに聞いているので、「なんで、そんなことを聞くんだろう」と疑問に思っていました。後に、「あ、そういうことか」と気付きました。その先輩は、ポストに残された新聞の日付からおおよその犯行時刻を割り出そうとしていたのです。そんな聞き方があるんだと、学びました。

 

当然ながら、どこに行く、誰に取材するといった一つひとつの大まかな行動は上司である自社のデスクに指示を仰ぎながら動いていましたが、実践的な学びは他社の記者から得たことの方が多いように思います。

 

◆職務外の行動◆

大学院の授業で「組織市民行動」(Organizational Citizenship Behavior)という言葉を学びました。組織市民行動とは、さまざまな定義付けがなされていますが、Organ(1988)は「従業員が行う任意の行動のうち、彼らにとって正式な職務の必要条件ではない行動で、それによって組織の効果的機能を促進する行動。その行動は強制的に任されたものではなく、正式な給与体系によって保証されるものでもない」と定義しています。例えば、仕事で困っている同僚を見かけたら、職務に関係なく自発的にサポートしたり、大きな事故につながる前に忠告したりするような行動のことです。

 

組織市民行動は、アメリカの産業心理学や経営科学の分野からやってきた言葉のようで、日本においては終身雇用慣行などによって、たとえ職務記述書に明文化されていないことであっても(そもそもその存在自体知らない社員も多いかも)、会社のために行動することは当たり前という風潮があるかもしれません。

 

この行動を規定する要因の研究も進んでおり、上司のリーダーシップ、職場における満足度、組織サポート、組織コミットメントなどさまざまな要因が挙げられています。また、なぜこのような行動をとるのかという研究もあり、見返り、印象管理、集団価値、集団規範といったことが言われています。

 

◆他社から学べない環境に◆

さて、記者の話に戻りますが、僕はこの言葉を知った時、真っ先に他社の先輩の顔が頭に浮かびました。しかし、他社の先輩が、そっとささやいてくれたことや、取材手法を惜しまず見せてくれたことは、組織の効果的機能を促進する行動を飛び越えています。組織市民行動ならぬ「業界市民行動」とも言えます。本来なら同業他社はライバルであるはずなのに、なぜ往々にして手を差し伸べてくれるのでしょうか。

 

ここには、パーソナリティの差こそあれ、記者が持つ職業観が少なからず関わっているような気がします。朝日人である前に、読売人である前に、記者である、というような業界全体の風潮があるのではないでしょうか。やや青臭いですが、組織の利益よりも、社会正義に応えたい、公益に資するコンテンツを提供したいという思いのほうが強いのかもしません。その思いが、自社他社問わず、新人記者を学ばさせるのではないでしょうか。

 

今、記者の人員が減っています。地方に行けば、記者クラブは閑古鳥が鳴いている。新人として地方に配属されても、他社がいない。現場でもなかなかはち合うことがない。そんな状況も珍しくなくなってきているようです。そうなってくると、暗黙に形成されてきた学びのシステムは消滅してしまいます。新たな学習環境を構築せざるを得ない事態がすでにやってきているのかもしれません。

 

「一記者に他社が与える学びの影響」のような研究テーマも面白そうです。

 

それではお元気で。